釜ヶ崎日雇労働組合

釜ヶ崎日雇労働組合(かまがさきひやといろうどうくみあい)は釜ヶ崎の日雇い労働者のための労働組合。 

概要

1976年7月、結成される。住所は萩之茶屋1丁目9-7。

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2016年3月31日
昨日、花園公園で大阪市の行政代執行が行われた。
非常に残念なことだ。
この間、行政の小屋掛け(テント)への対応もていねいになり長期間にわたり強制執行という手段が取られなくなっていた。旧道路局の対応は旧公園局や福祉局と異なって不誠実な対応もとられてきた。また、街づくりを考えている人たちの中の、旧来は野宿者を排除の対象としか見ていなかった人たちも、行政がしっかり支援するべきだ、あるいは強制排除をしては問題の解決にはならないという機運が高まり、行政に話し合いの場を作ること、行政代執行を行わないことを迫ってきていた。こうした中で多くの小屋掛け者が、テントから畳の上へ移行してきた。
今回の花園公園の問題でも連合町会長や長年労働者支援を行ってきたキリスト教協友会などの呼びかけにより花園公園問題やその他の公園をどうするのか協議する場所としてのエリアマネージメント協議会が発足し、認識の共有化と議論が進められてきた。
この間、花園公園問題で二本の投稿をアップしていたのでそれを再掲しておく。
花園公園の行政代執行について
さる2月27日、私たちは地元で街づくりに取り組んでいる人たちや釜ヶ崎キリスト教協友会の呼びかけに応えて、ともに「花園公園の行政代執行」をさせないため、大阪市へ話し合いの場を要求してきた。
申し入れた主体は「萩之茶屋ま ちづくり拡大会議」であり座長田中康夫氏の名前である。
田中康夫氏は10ほどある町内会の集まった連合町会の会長だ。
以前は「野宿者のいないきれいな街を」といえば排除としか考えなかった町会が、二十数年積み重ねて来た
反失業闘争と野宿者支援を見て、地域の支援団体と話し合いを繰り返してくる中で、行政に対して行政代執行のような強硬手段を採らずに地域との協働で地域の整備を行えというに至ったのは画期的なことだ。
賛同団体に名前を連ねているのは
萩之茶屋福祉協議会
萩之茶屋連合振興町会
大阪府簡易宿泊所生活衛生同業組
西成市民館
若草保育園
釜ヶ崎キリスト教協友会
釜ヶ崎反失業連絡会
NPO法人 こどもの里
NPO法人 釜ヶ崎支援機構
釜ヶ崎日雇労働組合
NPO法人 サポーティブハウス連絡会議
釜ヶ崎のまち再生フォーラム
などの団体である。
これを見ると、昨年の「まちづくり検討会議」で顔を合わせ、議論を勧めて来た団体だ。
これでは大阪市も無視できず、エリアマネジメント協議会(公園専門部会)を立ち上げざるを得なくなり、ここでの協議が落ち着くまでは行政代執行を止めざるを得なくなった。
これは釜ヶ崎の中では画期的なことである。このことが直ぐに花園公園問題の解決につながる訳では無いが、利害関係がバラバラで相手のことなどお構い無しに自分たちの主張ばかりを突き出してきた者たちが、互いを尊重しながら行政に施策を要求するようになったことは、それがガラス細工の積み木のように壊れやすい物であっても釜ヶ崎の労働者の生存権にとって非常に貴重な物であり、大きな前進だ。
一昨年の「まちづくり検討会議」が始まったとき、多くの支援団体は、このまま参加しなければ、また旧来のように住人の声としてドヤ主、商店主の声だけが反映され、労働者の住めない街になってしまうと、中で声を上げることとした。その成果だ。
一方の行政主導の『ジェントリフィケイション』だからダメだと、釜ヶ崎で日常的に活動もしていない連中をネットで集め会議を妨害し、潰そうとし、町会やドヤ組合、商店会の人たちを罵り、労働者と対立させようとした連中はどう思っているのだろう。ジェントリフィケイションと言ったからと言ってそれが止まるわけではない。自分たちは「リベラル」な思想を持って行動したという自己満足だけが残り、無残に敗北した後に労働者は取り残され、この街を追い出されるのだ。それに対抗するチカラも無いのに労働者と地域住民を対立させようとした罪は消えない。
24日には第三回目の会議が持たれる。
いくらこの会議が画期的なものだと評価しても、これで今ある花園公園の行政代執行問題が解決するようなものでは無い。この会議には当事者F氏は居ない。F氏はこれまでの行政の横着な対応に怒り行政との話し合いを拒否しているようだ。
会議の中では労働者側委員以外の地域からも行政への批判が多く上がり、行政が謝罪するべきだという意見が多い。しかし、F氏が話し合いに応じないところでの行政の謝罪も当然ないだろう。なによりF氏の意向が尊重されるべきだ。
まだまだ先は長い。他の公園の野宿のなかまたちの事も考えると先例をつくらせないように何とかしたいものだが…。
公園内の一件は住人がいない倉庫にも関わらず、一方の当事者=某組合は運動ネタのために、〇〇さんが住む予定になっていたなどと言い張り「生存権が…」などというがこれはこの会議の参加者全員へきえきとしている。こんな事をしていたら行政の思うつぼだ。
行政代執行に反対すると言いながら行政代執行をやらせようとしているとしか思えない。
この地域の外から事情も知らずにネットで彼らの主張をみると、正義の戦いと思うのだろう。致し方ない。彼らには失業・野宿組も引退組も現役層も労働者を利用するな!地域の中で生活しながら日々活動しろと言いたい。
花園公園の行政代執行による
「強制排除」と強制排除の危機
昨日、第三回目の地域のエリアマネジメント協議会(公園専門部会)があった。
年度末も近づき、ますます行政代執行の危機が増している。 さまざまな思惑、考え方、利害関係が錯綜する中で 会議での共通認識は
「行政に行政代執行をやらせない」
「野宿者の小屋掛けに関する地域整備は話し合いで解決する」
ということを何とか維持している。
この想いは温度差はあるものの大半の人たちの想いだ。
行政の現場(公園)担当者の中にもここ数年、以前のやり方と違って努力して来たことを大事にしたいと考えている者も多い、福祉局の現場担当者もなんとかこの間の支援の成果を結実させたいと考えているようだ。
また、一刻も早く通学路の整備をしたい、公園をだれでも利用できるようにしたいと考えている人たちも行政がこれまでどのような野宿者支援をして来たか知らず不信を持っているし、テントを潰して野宿者をただ追い立てるような事はしたくないと思っている。
この間の行政の対応に怒り、話し合いを拒否しているFさんのケースに関しては行政の対応に対して「行政が謝罪し、かけ違えたボタンを初めからかけ直すべきだ」という意見も数多く出ている。
こうした中で大きな障害となっているのが、公園内の「Uさんが居住している」と言う稲垣浩-釜合労所有の小屋だ。釜ヶ崎の一部「活動家」が利用者が居なくなった小屋に住人がいないにも関わらず、「野宿者の生存権の侵害」を主張し、行政、地域住民と対決し、行政代執行をさせようとしていることだ。
写真を見ても 「入居者募集中」と ある通り、この小屋で野宿をしている労働者は居ないのだ。それは、行政-道路施設局、福祉局も地域の住民も周辺の労働者も知っている。
知らないのは「強制排除に反対する釜ヶ崎の会」の呼びかけを信じるネットユーザーだけだろう。会を名乗る連中自体は真実を知っているのだろうが「野宿の自由」「公園のコンミューン化」などという別の理由で「対決」を煽っているとしか思えない。
事実、この小屋に居住しているとされるUさんは3/22の抗議集会で
>私は稲垣さんを尊敬している。だから小屋を貸すという誘いに乗った。稲垣さんの活動を応援する目的でやっている。抗議活動の主役は稲垣さんだけど、名目上は私と〇〇さん。
と発言している。(写真三枚目の写真 中央左の点線〇)
これでは野宿者の生存権、人権の問題として小屋掛けに文句を言うなと説得して来た地域の周辺町会や商店会、ドヤ組合の連中を納得させられない。とうぜん行政もである。
この居住者の居ない小屋の問題に決着つけられないかぎり、行政代執行の停止、Fさんへの「行政の謝罪」も引き出すことは出来ない。
行政代執行への道をまっしぐらである。
「強制排除に反対する釜ヶ崎の会」こそが労働者と地域の住民との対立を煽り、行政代執行をさせようとしているとしか言えない。
最後に抗議集会でのUさんの発言が判るように動画のURLを貼り付けておく。ネット「活動家」の諸君も現場の真実を知る義務があるのではないか。
このグループは一昨年も「あいりん地区まちづくり検討会議」が西成特区構想のためのものであり、行政(=維新の会)主導で招集されたからと会議の妨害・破壊を幾度となく試みた人たちである。会議がつぶれて立ち消えになるならそれも良しだが、会議が潰れればそれこそ維新の会の思惑通り行政が勝手に進めることもわからない愚かな態度をとった。それどころか、抽象的に労働者を「代弁」する態度から町会、商店会、地域住民、ドヤ主、地域事業主たちと労働者を真っ向から対立させようとした。これは決定的に反労働者的行為であった。この街で生活もせずネットの中だけでしかものを考えない彼らは「代行主義」という誤りさえも知らない。
この検討会議の我々釜ヶ崎労働者にとっての成果が、今回、町会、商店会、ドヤ主たちがその温度差はあれ公式には「行政代執行はするな」「きめ細かい支援を」と言わせたのだ。
それを住人のいない小屋を「生きる権利」などと言って行政代執行を強行させたのだ。
「卑劣な行政と戦う者」「踏みにじられる生存権と戦う者」を描き出すためのパフォーマンスとして。映画を撮るための道具として、野宿という問題が利用され、野宿者が利用され、行政代執行が利用されたのだ。行政の思うつぼである。
補足;
今回の「強制排除反対と唱えながら強制排除を求めた人たち」(大半は正しい情報を与えられていないのでそうは思っていないのだろうが)は原口剛氏の訳著、ニール・スミスの『ジェントリフィケーションと報復都市』の影響が強い人たちだ。
原口氏は昨日ジェントリフィケーションについてのnoteを公開している
その中で「私たち研究者は、論争を避けて通ることはできない」と言っているのですが、であるなら、論争に咬むべきではないでしょうか。
「ジェントリフィケーションである」と規定されてもそこで生活する私たちには何の意味もありません。いかにジェントリフィケーションに抗していけるのかが問題なのです。阻止できもしない代執行当日だけのパフォーマンスでは貧者はただ追い出されるだけです。巨大な力(金=資本の力)に勝ち、生活を守り抜くためには「これはジェントリフィケーションだ」と言い当てることが必要なのではなく、資本の圧倒的な力に対抗できる「論理」、より多くの共感を生み、この街をどうすれば魅力的な街にできるのかを見つけ出していかない限り、持たざる者は追いやられてしまうだけです。
ジェントリフィケーションの進行の中で、この街に新たな資本の価値を見出し進出しようとする資本もあれば、この街の中で勝ち抜きさらに資本を高めようとするものもあるでしょう。しかし、同時にこのままでは没落するだけだという資本も商店会、ドヤ主、福祉施設など数多くあり、資本を持たずとも圧倒的な数の住人もいます。
この街が作り上げてきた社会的資本は「釜ヶ崎へ行けば食っていける」という言葉に表れるものとしてあるはずです。それを「釜ヶ崎の全国化」と言われる時代の中で時代に合わせたカタチを探していかなければならないと思っています。それが見えた時に多くの人々が賛同し、貧者の排除に抗する隊列に加わってくれるのではないでしょうか?その提案こそ私たち釜ヶ崎住人が学者先生に期待するものです。
ジェントリフィケーションをジェントリフィケーションだから悪いことだと言って何になるのでしょう。それは医者が「あなたはケガをしています」と言っているに過ぎないように思います。そして、野宿をせざるを得ない仲間を含む労働者、周辺住民、町会、商店会、さまざまな地域事業組合など関心を寄せる人たちを抜きに、「人権意識を持った良心的な人たち」を一時だけ集めた抗議行動は痛み止めの処方でしかなく、いつもその場で終わってしまうばかりでなく、仕事として以上に親身になってきた行政末端の職員たちをも敵に回してしまうだけだと思います。

  1. インタビュー 釜日労 三浦俊一さん 「釜ヶ崎」の明日を切り拓く

  • 最終更新:2016-04-06 02:11:17

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